経験から学べ。思い出せ。
18坪ほどの長屋に家族5人で住んでいた時期があって、窮屈で仕方ありませんでした。
私はたしか小5~中3でした。
6帖和室が3つ、押入れ2箇所。
4.5帖ほどのキッチン、
4.5帖ほどの廊下、
トイレ、脱衣所、風呂。
坪数が狭すぎてヤバイというより、
大型家具が多すぎてヤバかったんだ、
ということに気付きました。
1/3~半分は家具で埋め尽くされていて、
ほんとうに狭かった。
ベッドこそ無かったものの、
もののない居住スペース(床面積)は、
6帖→3.5帖
6帖→4帖
6帖→3帖
4.5帖→3帖
4.5帖→3帖
16.5帖(8坪程度)だったということ。
あの時期の経験をもっと掘り下げると
学べることって沢山ありそう。
まず、何も家具を置かなければ、
6帖は普通に広い。狭くはない。
ここにタンスやら鏡台やら、別の巨大嫁入りダンス×2やら、置くとたちまち3.5帖へ。
シングル布団が2枚しか敷けなくなる。
地震きたら家具に潰されて死ぬこともできた。
2メートルタンス、怖いよ。
生きててよかった。。。
押入れはギュウギュウ。
うちの親、まともかと思ってた。
結構ヤバかったんだなぁ。
「いまの」←ここ重要
私達、は巨大タンスも鏡台も持ってない。
寝室にしてる6帖和室には、布団と神棚だけ。
敷きっぱなしだからこれはこれでヤバイらしいけど。
6帖を床面積約5.5帖のまま使ってます。
リビングにしてたとなりの6帖和室には、
タンス、(またかよ)
収納棚、デスクトップパソコン、テレビ、 がありました。
4帖ほどの床面積に。
ここも、テレビそのまま置いてたとして、5.5帖くらいのスペースとして使えたんじゃなかろうか。
木製の子ども用タンスは建付けが悪くて超ストレスだったの覚えてる。これで引き出しが嫌いになったのかも。
この部屋にも寝るときは布団が2枚敷かれた。
廊下には1.5帖ほどの嫁入り食器棚が鎮座してた。あんなに要らんかったよね、食器。
ラタンの衣類収納×2もあった。
体を傾けないと通れなかった。
収納棚はもう一つあって、
歴史漫画のシリーズ本が並んでた。
ここも体を傾けないと通れなかった。
天井にはつっぱり棒がしてあって、軽めのストックが置かれてた。
壁には収納ポケットが貼られてて、紙やらがはみ出してた。
4.5帖ほどのキッチンには、
4人用のダイニングテーブル。
5人家族だったから、椅子プラス1。
i型システムキッチン、
冷蔵庫、電子レンジ、トースター、炊飯器、食器乾燥機。
すき間収納ケース。
それぞれの家電台。
冷蔵庫とテーブルの魔の席は、
椅子もロクに引けなかった。
一番小さい末っ子が座るか、最後に来た人が座るかしてた気がする。
食器棚は廊下。遠い。
床面積は、かき集めて3帖。
ほとんどなかったよ。
あ、冬はプラスストーブ×2で、廊下とリビングがさらにそれぞれ半畳くらい狭くなる。
そして子ども部屋。
6帖和室を3人で使っていた。
床面積はまず1.5帖。
学習机が3台、巨大本棚が1台。
ギュウギュウの押入れ。
雑魚寝が嫌すぎて、窮屈過ぎて、
中3のころ、たまにここに布団敷いて寝てた。
1枚しか敷くスペースなかった。
布団敷いたら椅子引けなかったけど。
なんであんなにものが多かったんだろう。
家に帰るのが嫌で嫌でしょうがなかった思春期。
家自体が狭いことが原因だと思っていたけど、思い返すと、ものが多すぎたことが本質的な原因な気がする。
ものが多すぎるのは、思春期にも悪い影響を与える、のは本当です。
しかもいろいろと根深いよ。
ちなみに現在、これらの大型家具は全て、まだ実家で鎮座しています。
50~60坪ほどの家に私の両親と祖父が3人で暮らしています。
へき地だから、家デカイだけで、
別に富豪じゃないから、勘違いしないでほしい。
まともかと思ったら、
実は捨てられない人たちだった。
扇風機は6台くらいあるし、
タンスは6台くらいあるし、
収納が無い収納が無い、
とおっしゃっているのを聞きました。
8帖ほどの物置部屋があるし、(ギュウギュウ&カビ臭い)
外にもイナバ物置がある。
納屋もある。
昔の家具なので、
ニトリとかの大量生産家具じゃなくて、
とてもひとりじゃ動かせない、びくともしない家具が大半です。そっちをイメージしてね。
アンバランスな居住スペース
広すぎても狭すぎても、
ものが多すぎても少なすぎても、
不快。
うまく生かせるか、この経験。
生かしたい。